ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社 川﨑 美紗子 さん
ミクスOnline公開日 2012/1/31
「壁を壁とも思わない」発想を転換、前進あるのみ

ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社
人事本部タレントマネジメント部
川﨑 美紗子 さん
| ●プロフィール | |
| 2003年3月 | 富山大学工学部卒業 |
| 2003年4月 | 日本ベーリンガーインゲルハイム入社 |
| 2003年9月 | さいたま市大宮地区GP-MRとして活動 |
| 2009年1月 | 川口・さいたま市浦和地区HP-MRとして活動 |
| 2011年9月 | 人事本部タレントマネジメント部採用グループに異動 現在に至る。 |
趣味は旅行という川﨑さん。就職してから休みを利用して、国内外を問わず出かけているのだそう。きっかけになったのは、初めての海外旅行で行ったドバイと香港。「他のメーカーの同期に誘われて、気軽な気持ちで参加したのですが、何もかもが日本と違うことが刺激的ですっかりハマってしまいました」。これまで訪れた国は約20カ国。その中でも一番おすすめなのは北欧とのこと。「街も本当にキレイでおしゃれ、ガラスなど工芸品もステキです」
人見知りの女子大生が飛び込んだMRの世界。まるで暗闇を走っているような先の見えない不安の中、ぶつかった大きな壁を乗り越えるバネとなったのは「つらい仕事でも、楽しくできるようにする」ための発想の転換だった。その後は優秀な営業成績を修めて表彰されるなど次々と実績を残すなか、迷いつつも次のステップのため、人事本部へ異動を希望。持ち前のコミュニケーション能力とチャレンジ精神は、新しいフィールドでも活きるに違いない。
My Career Lifeは医薬品業界のさまざまなステージで活躍する方々を取り上げ、仕事に対する考え方や姿勢を紹介します。
写真:坂本文明
一面会、一笑い

大学の研究室の先輩が製薬会社に就職していたので、MRという仕事があることを知ってはいたのですが、はっきりとどういうものかはわからないまま、雰囲気の良さに惹かれて日本ベーリンガーインゲルハイムに入社しました。とは言うものの、けっこう人見知りの私に「はたして自分に営業ができるのだろうか」と不安もいっぱいで。配属されて最初の数か月は、自分で仕事をした形跡が全く見えなくて、まるで暗闇を走っているような感じでしたね。
ただひたすら先輩の教えを忠実に行うだけの毎日でしたが、入社して1年後、同じチームの先輩から新しいエリアを任されました。そのエリアは手薄だったところで、真っ白いキャンバスのような地域でした。大変ではありましたが、ゼロに近いところから自分で売り上げを構築することができたのは、かなりの自信になりました。
そうした頃、ある病院の担当になったのですが、昔ながらの体質で必ず理事長先生を通さなければ先には進めないというところでした。しかもその先生、ものすごく怖いんです。外科が専門ということもあり、日本ベーリンガーインゲルハイムの製品にはあまり興味を持ってらっしゃらないようでしたし、どうしたらいいか困り果てました。
週に1度の理事長先生との面会日には30人くらいMRがズラリと並ぶのですが、まずはその順番取りから頑張りました。早く行って、まずは10番以内、次は5番以内といった感じで。また薬のことばかり話してもと思い、いろいろ話す内容にも悩みました。
正直、最初はつらかったのですが、何かしら楽しみを持ちながらじゃないといい仕事はできないと思い、その怖い理事長先生に対して「一面会で一笑いとろう!」って目標を立てたんです。時事ネタに自虐ネタ、織り交ぜながら、女芸人みたいなものですね。いつのまにか薬の話をするより、一笑いをとるほうが主目的になっていました(笑)。 そんなゲーム感覚を取り入れることで憂鬱だった先生との面会も充実し、良い関係を構築できたのかなとも思います。最終的には三笑い、五笑いとれるようになり、もちろんそれだけによるものではありませんけど、主力製品はすべて採用いただきました。
将来につなげていく仕事を
MRとして一番大切にしてきたのは「将来につなげていく仕事をする」ということです。これは最初の上司の言葉なのですが、ドクターとベーリンガーとの関係は今までもずっと続いてきましたし、これからもずっと続いていくと思っています。もし、私個人とドクターというつながりで仕事をしてしまうと、私が担当から外れてしまったときに、これまでの関係は振り出しに戻ってしますよね。だから、担当者が代わってもちゃんと後につながる仕事をしなさいと言われたことを今でも忘れません。
ドクターに華美過大な接待をするのは好きではありません。しっかりとした情報提供がベースにあって、そればかりではおもしろくないので、一笑い。「川﨑はおもしろいところもあるけど、マジメでちゃんとしている」といった感じでMRとして信頼されたいという気持ちがあります。
08年には「MR of the year」で表彰され、10年には高血圧治療剤のミコンビ(テルミサルタンとヒドロクロロチアジドの配合剤)の販売計画達成率がHP-MRで全国3位という実績を残すことができました。もちろん、賞をいただけたのはうれしいのですが、決して狙っていたわけではありません。担当している間にいかに多くの人に自社製品を使ってもらうか、次の人のつながるように仕事をするか、それだけを考えていました。
ミコンビの場合は、発売して1年間はなかなか採用にならず、売り上げゼロですから、同僚には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。長期処方の解禁を見据えて、それまでの間はひたすら「ミコンビがどんな薬なのか」を情報提供してまわりました。そして1年後、フタをあけてみたら全国1位に。もうびっくりしました。そのあと結果的には3位になりましたが、がむしゃらに走って、気がついたらそこにいたという感じでした。
振り返ればいろいろなことがありましたが、いつの間にか壁を壁とも思わないような発想の転換ができるようになりました。壁というネガティブな感情はなくて、ただ山がそこにあるから登るという感じです。あの怖い理事長先生のおかげかもしれません(笑)。
人事もMRも最終的な目標は同じ

MRとして働くのが大好きで、楽しく、そんな愛着のある仕事でしたが、今後のキャリアを考えるとほかの部署も経験したいと考え、迷いながらも人事への異動を希望しました。数あるうちから人事を選んだ理由は、勘違いかもしれませんが、自分には人を見る目があるのではないかと思ったからです。以前、中途入社の社員を現場でリクルーティングする機会があったときに、私の紹介で入社した2人が活躍しているので「この目に狂いはない」なと(笑)。
それで、いよいよ人事へ行きたいと強い気持ちを持ちだしたのは1年くらい前から。11年の4月からは産業カウンセラーの資格をとるために、毎週土曜日、学校に通い始めました。人事の場でなくとも、カウンセリングのスキルは要求されますし、コミュニケーションには不可欠ですから、今後の自分に役立つと思いました。そんなときに人事の社内公募が出て、こうして希望が叶いました。
MRと人事の仕事は全然違いますが、最終的な目標は一緒だと思います。MRは売り上げで会社に貢献しますが、採用グループとしては、売り上げに貢献できる人材を入れることで会社の利益となるわけです。
今はとても新鮮な気持ちでいます。早く仕事を覚えて、新卒採用担当者して一人前になりたい。優秀な人材を多く見つけて、他社に負けない強いMRに育ってくれること。まずそれが最初の目標です。
現在、先輩と一緒に月1回ダイバーシティの会議に参加し、ほかの製薬会社と情報交換をしているのですが、この問題にも力を入れていきたいと考えています。ダイバーシティの中でも日本企業や製薬業界で、主に言われているのは男女の問題です。入社した9年前には女性MRが大変少なく、しかも結婚や出産や辞めてしまうことがほとんどだったのですが、今や30歳以上でバリバリ働いている人も多く、結婚はもちろん、産休育休を経てママさんMRとして働いている人も増えています。私自身、結婚しても出産してもずっと働いていきたいという気持ちがあるので、これは自分自身の問題としても大切なことです。女性MRの仕事の価値観が変わるなかで、女性ならではのジレンマを、少しでも解消できるような後押しができたらと思っています。
(取材・文 瀬田尚子)
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