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山崎元のビジネス羅針盤

サラリーマンの役に立つ6つの経済概念

2012年1月19日

今回はビジネスパーソンの意思決定を「経済」の論理で考えてみよう。
会社なり官公庁なりの組織に勤めるいわゆる「サラリーマン」が、身の周りや世間で起きていることを理解したり、適切な意思決定をしたりする上で、「経済」に関係する概念を使うことが有効だ。
経済(エコノミー)は、もともと稀少な資源をどのように配分するのが合理的かという問題意識から成り立っている。幾つかの概念を使いこなすことが出来れば、世の中を論理的に理解することができる。
今回は、こうした意味で有効な経済概念を6つご紹介しよう。

1.機会費用

ビジネスパーソンにとって最も重要な格言を一つだけ挙げるとするなら、筆者は文句なしに「タイム・イズ・マネー」を選ぶ。ただし、タイム(時間)はマネー(お金)よりも、もっと重要だという注釈を加えたい。
人間の日々の生活を考えると、自分が持っている能力や人的関係、経済力などの「資源」と「時間」を使って、より幸福な状態を作ろうとする努力の連続であることに気付く。この努力の過程にあって、いくら豊富で恵まれた「資源」を持っていても、「時間」がなければ何も出来ない。
日常に近い例で考えるとして、たとえば、通勤に要する時間をどう考えるかという問題がある。たとえば、片道30分で通勤できる状況と、片道に60分掛かる通勤環境とを比較すると、通勤1日あたりの時間差が1時間ある。1時間の経済価値が幾らであるかは人によって異なるが、たとえば、時給5,000円(1日8時間、勤務日250日と考えて年収1千万円だ)のサラリーマンの場合、1月に10万円ほど余計なコストが掛かっていると考えることができる。サラリーマンは会社に対して経済的な貢献を行い、その中から報酬を得るのだから、会社と自分との合計で犠牲にしている経済価値は月に10万円を大きく上回るはずだ(たぶん、2倍以上だろう)。
通勤に掛かる時間が無ければ出来たはずの生産活動の経済価値は、この通勤時間に対する「コスト(費用)」だと考えることが出来る。これを「機会費用」という。
合理的な人は、ある時間を何かに費やすことのメリットと、時間をこの行為に費やすことによって犠牲にする最大のメリット(=機会費用)とを比較して、前者が後者よりも大きいと判断した時に前者を選ぶはずだと考えられる。価値の測り方は、必ずしも金銭でなくてもいいが、人は時間を使いながら常に何かを犠牲にして何かを得ているということを意識することが大切だ。
キャリア・プランニング(職業人生設計)にあっても、自分がある年齢で持っている能力やチャンスを最も有効に使うにはどうしたらいいかを考えることが発想の基本になる。もちろん、判断には行動が伴わなければならない。
自分の時間をどう使うのが最も有効かということを、年単位の長い時間に関しても、日・時・分といった短い単位の時間に関しても、絶えず考えておきたい。

2.サンクコスト(埋没費用)

ビジネスにあって、人が大きな判断ミスを犯す場合、背後には、「サンクコスト」へのこだわりがあることが多い。
サンクコストとは、既に発生してしまったコスト(費用)のことだ。たとえば、あるビジネスに投資して、これまでに大きな損をしているとすると、過去の損は既に発生したものでありサンクコストだ。この事業にさらに投資するか否かを考える場合、これから得られると予想されるメリットと投資金額の比較だけが重要であり、過去に幾ら損をしたのかは関係ない。
「これまでにこんなに投資したのだから、これを取り返さないと過去の投資が無駄になる…」と考えて、収益性の乏しい事業に追加投資するパターンで大きな損失が発生することがしばしばある。
サンクコストの一番分かりやすい例は、株式投資で損をしている場合だろう。たとえば、500円で買った株が450円に値下がりしているとした場合に、「株価が500円に戻ってから売らないと損をするので、今はこの株を売ることが出来ない…」と考える人が少なくない。しかし、本来考えるべき問題は、その株が現在450円だとして、持つべきか・持たざるべきか、ということに関する判断のみのはずだ。自分の買値は「将来には」無関係だ。
人は、ついこれからの損得ではなく、過去も含めた勝ち負けにこだわってしまう。しかし、この心理こそが、「意外なほど大きな損」を作ってしまう原因になっていることに気付くべきだ。
特に、経営者やマネージャーが、過去の失敗を認めたくないばかりに、将来の意志決定を誤ると、自分だけでなく、会社の株主や部下など、大切な他人にも大きな迷惑をもたらしてしまう可能性がある。過去も含めて勝ち負けにこだわるのではなく、将来に向かってベストな選択をしようという意識的な心構えが大切だ。

3.取引コスト

日本の組織にあって、「空気」が物事を決めると考えられることが多い。「空気」とは、「流れ」と言い換えてもいいかも知れないが、多くの場合組織にあって力のある個人や集団が先に決めた方針のことであり、反対者がいなければそのまま決まる方向性のことだ。
たとえば、会社の中の大きな会議で社長が何らかの方針を提案したとしよう。ところが、この方針には、明らかな欠点があるとした場合に、あなたが会議の出席者だとするとどうするだろうか。
一般的なサラリーマンの場合、多分次のように考えるだろう。先ず、社長が提示した方針が持つ欠点がどの程度のものかを考える。これが、会社の存亡に関わるような致命的なものであるかないかを考える。そこで、致命的というほどではないと考えた場合、自分がその提議への反対意見を述べると、会議の場で多くの出席者の時間を使い、しかも、社長に恥をかかせて方針の修正を試みるよりは、そのまま放置しておこうと考えることが多いのではないだろうか。
この場合、社長の気分を害することの自分にとっての損得を度外視するとしても、会議の出席者の時間を取り、彼らを納得させるために手間を掛けることは、自分にとって相当の手間であり努力を要することだ。この手間や努力を経済の言葉に言い換えると「取引コスト」ということになる。
たとえば、ある会社に良い製品があるとしても、これを他人に知って貰うためにはコストが掛かるし、注文を受けて、商品を発送し、代金を受け取るためにもコストが掛かる。これらは広い意味では「取引コスト」だが、あまりに大きいとすると、良い製品であっても、多くの人に提供されることがないかも知れない。これと同じことが、製品ではなく、「意見」についても起こり得るわけだ。
経済的なロジックを突き詰めると、人々が徹底的に話し合い、交渉をするなら、どんな資源であってもそこにある資源が最も有効に活用されるはずなのだが、「完璧な交渉」を実現するためには気が遠くなるような手間と時間、即ちコストが掛かるため、理想的な状態は実現しない。一人一人の「面倒だから」という意識が大きなコストを生む。
会社であっても政府であっても、後から考えると多くの関係者がその当時からおかしいと気付いていたはずの方針が、なぜかその時のムードによって、そのまま修正されずに採択されて失敗に突き進むことがある。日本では、この原因がしばしば「空気」で説明されるが、空気の正体は取引コストだ。
取引コストをいとわない誰かの熱意が組織を救うこともあるし、組織内のコミュニケーションを容易にして、つまりは意見の取引コストを下げることで、組織が目覚ましく改善することもある。

4.エージェンシー問題

人と人とが協力し合う場合、誰かが誰かに自分のために何かをやってくれるように依頼する関係が発生する。たとえば、株主は、経営者に対して株主の利益を増やしてくれるように会社経営を委託しているし、経営者と社員の間にも経営者が社員に仕事を任せる委託関係がある。
この場合、何らかの権限をもって何らかの行動をしてくれるように相手に委託する側を「プリンシパル」と呼び、委託を受ける側を「エージェント(代理人)」と呼ぶ。また、こうした関係を「エージェンシー関係」と呼ぶ。
ビジネスパーソンの仕事のほとんどは、こうしたエージェンシー関係の下にあるが、エージェンシー関係にあっては、プリンシパルとエージェントの間では、本音のベースでの利害の相違と、お互いが持つ情報の非対称性(多くの場合、エージェントの方が「現場」の情報を多く持っている)が存在している。
こうした状況下では、エージェントは、プリンシパルの利益を最大化するように働くとは限らず、一方ではエージェント自身の利益のために行動を歪める可能性があるし、他方ではエージェントがプリンシパルに信頼されるようにするために余計な手間、即ちコストが掛かる。経済の世界では、プリンシパルとエージェントの利害と情報が一致してエージェントが100%プリンシパルのために働く状態と、現実の状態とを比較して、後者が前者にどれだけ劣るかをコストとして認識したものを「エージェンシー・コスト」と呼ぶ。端的にいって、エージェンシー・コストの小さな組織はいい組織だが、現実には、何らかの無視し得ないエージェンシー・コストが存在する場合が多い。
経営者は、たとえば「豪華な本社」や「高い社長の給料」を望むことが多いし、株主の利益を最大化するためにリスクの大きな経営的チャレンジをするよりは、自分の保身のために株主から見るとリスクの小さな経営方針を採る場合が多い(逆に、自分の利益のために株主から見て過大なリスクを取る場合もある)。
エージェンシー問題は、株主と経営者、上司と部下の間にも存在するし、それ以外にも国民と政治家や、国民と官僚の間にも存在する。
一般論として、エージェンシー・コストが小さな組織や仕組みの方が良い。
エージェンシー・コストを小さくするためには、プリンシパルとエージェントの利害を近づけること(たとえば経営者にストック・オプションを与えて、株主との利害を近づける)と、情報の非対称性を小さくすること(会計監査に意味があるとすれば、投資家と経営者の持つ情報の差を小さくすることだ)の2つが主な手段だ。
だが、エージェンシー・コストをゼロにすることは容易ではない。現実にできるのは状況の「改善」がせいぜいだ。改善さえもエージェントが既得権を維持しようとする場合に進めることが難しいことが多い。

5.インセンティブ

経済の世界では「インセンティブ」という言葉をよく使う。インセンティブは「誘因」などと訳されることが多いが、簡単にいうと、(自分の)利益につながり、行動のヤル気につながる要因のことだ。利害関係の特に利益の側に注目したものだと考えると分かりやすい。
端的にいって、人間はインセンティブがないと動かない。
一番分かりやすいけれども多くの人が見落としがちなのは、政治の世界かも知れない。たとえば、国会議員の定数を減らすことは、一般論として国のコスト・ダウンであると同時に政治的な意志決定の効率性を改善する上でも良さそうな提案だが、これを決定するのが国会議員自身だという現実があると、なかなか決定できない。
政治家、官僚、経営者、マネージャー、夫、妻、親など、そのポジションにある個人が「やるべきこと」と「実際にやること」の間には大きな差があることが少なくない。多くの場合、個人は、自分の立場で必要なことを理解しないのではなく、自分個人の利害に反する、つまりインセンティブがないからポジションとして正しい行動を採らない。
もちろん、こうした人達が直接的には自分の得にならない行動を採ることがあるが、その背景には、そうしなければ自分が損をするのでこれを避けたいというインセンティブが存在することが多い。
他人を動かすためには、その他に人にどんなインセンティブがあるのかを徹底的に考え抜くことが重要だ。他人は簡単には動いてくれない。

6.共有地の悲劇

「共有地の悲劇」といわれる現象は、誰にも所有権(注;「責任」はマイナスの所有権と考えることができる)のない資源が不適切に扱われる現象を指す。
たとえば、牧羊地帯に誰もが自由に出入りして使っていい草原があれば、羊飼いは自分の羊にその地域の草を食わせて、この地域に糞を集めることが考えられる。この場合、共有地はあっという間に荒れ地になるが、これが典型的な共有地の悲劇だ。
この土地が誰かが所有し管理する土地であれば、この土地に入って羊に草を食わせることや土地の利用に関して適当な制限と料金設定をするだろう。持ち主が長期的な利益の最大化を図るなら、土地は適正に利用される可能性が大きい。
空気や水などの環境汚染に関しても、汚染される環境、あるいは汚染源となる排ガスや排水などに適切に所有権が設定されていないことがいわゆる公害など環境汚染の原因になるが、これも共有地の悲劇の一バージョンだ。
ここで考えておきたいのは、会社や国といった組織にあってしばしば共有地の悲劇が起こることだ。たとえば国や自治体のような組織にあって、官僚がいわゆる天下りなど自分たちのメリットのために行政を利用して公費を使うことが起こり得るが、これは、国や自治体といった組織が誰かの所有物としてプラス面もマイナス面も含めて責任を持って管理されていないから、というのが大きな理由だ。
株式会社は原則として株主のものだが、たとえば上場会社どうしがお互いの株式を持ち合い、これらの会社の経営者が結託すると他の株主の権限が及びにくい経営者にとっての共有地のようなものが出来上がる。
国民のために機能すべき政府が国民のために動かなかったり、会社が経営者などの個人によって私物化されたりするような、「本来あってはならない事態」が起こる場合、組織が実質的に共有地の悲劇のような状況に陥っていることがある。組織が誰のためにあって、誰の責任によって管理されるのかを十分踏まえた制度の設計や組織のマネジメントが大切だ。

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