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山崎元のビジネス羅針盤

正社員の解雇解禁の動きについて考える

2010年8月26日

解雇困難がもたらす歪み

金融危機から景気はかなり回復してきたはずなのだが、雇用情勢がなかなか改善しない。特にいわゆる「新卒者」の就職環境は厳しく、2011年3月の卒業予定者の就職情勢は前年度よりもさらに悪いかも知れない。

これは、全体として企業が人の採用に慎重であることを反映しているが、雇用の調整がもっぱら新卒者の採用抑制をもって行われていることが直接的な原因だ。「卒業後三年目まで新卒者として扱って欲しい」といった苦しい要望が出されるような事態になっている。

企業側としては、正社員を解雇することが難しいので、新卒者の採用を抑えつつ、退職者を待って雇用をスリム化しようとしている。この状態を長く続けると、社員の年齢構成が高齢化すると共に将来にわたって歪むし、特に後輩が入ってこない相対的若年層の社員がいつまでも下働きをさせられてモチベーションが上がらず、社内の雰囲気が澱みやすくなる弊害もある。

また、近年、いわゆる非正規雇用者が増えて、全勤労者の約三分の一を占めるようになった。非正規雇用者は、雇用が不安定で収入が伸びにくいことに加えて、職業上のスキルが形成されにくいことが問題になっている。

企業にとっては、正社員は解雇が難しいが、非正規労働者の場合は、契約を打ち切ることで調整が可能であり、人数の調整が容易だ。このため、企業側では、「不景気の需要でもやっていける範囲に正社員の数を抑えて、需要の増減には非正規労働者で調整する」といった方針を採用することが増えている。

そして、もう一つの大きな流れが、生産現場を中心に、ビジネス拠点を海外に移す動きだ。先般も、大手自動車メーカーが売れ筋の主力車種の一部の生産をタイの工場に移管したことが話題になった。今や大手企業だけでなく、中小企業も含めた、ビジネスの海外流出が静かに行われている。

何れにしても若い世代にとって負担の大きな状況だが、企業側の行動は、「そうせざるを得ない」と考えられる合理的なものだ。企業に無理を強いるような施策は上手く行かない。そして、上記の何れについても、その重要な原因の一つとして、既存の正社員の解雇が非常に難しいことが指摘できる。

解雇の規制緩和は不可避

日本の経済成長が低迷して久しいが、人口の減少傾向、デフレなどの他に、解雇が難しいことに伴う人材利用の非効率があると指摘されるようになった。いわゆるセーフティーネットの整備が並行的になされることが望ましいが、現在、国際比較しても解雇が難しいと言われる日本の制度が、正社員の解雇を容易にする方向へと変化していくことは不可避だろう。

日本の解雇に関する現状を簡単にまとめておくと、民法と労働基準法では解雇が原則自由であるのに対して、2007年3月に施行された労働契約法では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と解雇権の濫用が規定されている。どういった場合について解雇が認められるのかについれは、これまで判例が積み重ねられているが、最終的には裁判所の判断に委ねられている。

正社員として働く個人に関係するのは、通常、就業規則上の懲戒処分が科されて解雇に至る懲戒解雇と、経営上の理由で社員が解雇される整理解雇の二通りだ。いわゆる「リストラ」は後者である。

懲戒解雇は脇に置くとして、整理解雇については、「人員整理の必要性」「解雇回避努力の履行」「対象者選定の合理性」「手続きの妥当性(組合との協議などを十分経たか、等)」といった四条件として有名な条件を満たさねばならない。これらが、国際的に見ても最も厳しい部類に属するかも知れないと言われる日本の解雇制度の最大の特色だ。

但し、制度がどの程度浸透していて、遵守されているかについては、企業によってかなりの差があると言わざるを得ない。大企業では、多くの場合こうした条件が理解されているが、中小企業やオーナー経営者の権限が強い会社などでは、こうした条件が全く守られず、社長の意志だけでいつでも社員の解雇が可能だと、社長本人ばかりか、社員達も信じている場合がある。

現状では、一人であっても、複数人同時であっても、何の前触れも納得できる理由もなしにいきなり解雇は出来ないのが原則だ。多くの会社で、社員を辞めさせる場合に、本人の意志で自発的に会社を辞めたとする「自己都合退社」の形にしようとする理由は、後で本人から訴訟を起こされるなどのトラブルになった場合に、会社側として訴えを退けることが出来るとは限らないからだ。

一つの常識として確認して置こう。先ず「あなたには辞めて貰いたい」と言われたときには、「それは会社都合の解雇ですか」「理由を聞かせて下さい」とはっきり言う必要がある。また、自分が了解したと受け取られないように、「私は、同意していません」と意思表示する必要がある。黙っていると、同意したとみなされる場合もあるからだ。また、解雇に限らないが、重要な場面のやりとりは、何かにメモして記録を採っておく方がいい。

会社側が辞めて欲しいという時のやりとりで、「自己都合退社で辞めた方が、経歴に傷が付かない」というような類のことを言われて、自己都合退社を求められる場合があるが、これには簡単に乗ってはいけない。会社都合の退社だったので、後で不利になった、という話は聞いたことがないし、自己都合退社では、退職金なども不利な場合が多い(後のトラブル回避と共に、退職金を安く済ませることが会社側の動機の場合がある)。

法的に争うことになった場合、そもそも解雇自体が認められないことが多いし、自己都合で辞めると、失業保険は、受け取りが少なくなるし、受給の時期も遅れる。「辞めて欲しい」と言われると、精神的にもショックだろうし、気が動転する場合もあるかも知れないが、自分の権利は自分でしっかり守る方がいい。

解雇規制の緩和後はどうなるか

正社員の解雇の規制緩和は、政府レベルではまだ正式に議論が始まっているわけでもないし、具体的な法案が出来ているわけでもない。しかし、経済の状況を考えると、大きな流れとしては、解雇規制は緩和に向かうだろうし、裁判所の判断も、解雇に寛容な方向に変化する公算が大きい。

もっとも、解雇規制が緩和されても、解雇が出来る条件はその時々で明確にあるはずだし、金銭的な補償などがルール化される公算が大きい。解雇できる条件と解雇の際の補償が明確だと、経営側も計画が立てやすいし、解雇される側も権利を確保しやすい。また、解雇が容易になるということは、雇う側も今までよりも気楽に人を雇うことが出来るようになるわけだから、求職活動がこれまでよりも容易になることが期待できる。働く側にとっても、解雇の規制が緩和されて、人材の流動性が高まることのメリットはある。

自分の権利をしっかりと守る努力が必要なことは、現在と変わらない。「解雇される場合には、こうしよう」と考えながら働くのは楽しいことではないかも知れないが、「私には絶対関係ない」と言い切れる人は殆どいない筈だ。個別にクビにならなくとも、会社が傾くことだってある。

解雇規制が緩和される頃に起こりそうな変化をもう一つ挙げておこう。それは、「年齢」による扱いの差が小さくなることだ。人材が流動化すると、年齢と勤続年数や業務経験の関係が薄れるし、社員や採用候補者の能力や仕事ぶりを、個別に評価する必要性が高まる。雇われる側から見ても、その時その時の働きに応じて報酬が支払われる制度をフェアなものと感じるようになるケースが増えるだろう。

また、人を採用したり、解雇したりする際に、年齢で制限を付けることが、差別的だとして禁止される可能性がある。場合によっては、「新卒」も「定年」も死語になる可能性がある。

再々繰り返すように、今直ちにそうなるというのではないが、変化の方向性は明らかであるように思われる。

最後に、これらの変化に対応するために重要なことを三つにまとめておくと、
(1)自分の職業人生を自分で計画する意識をもつこと
(2)計画に拘らずに現実に対応すること
(3)自分の人材価値を育てて維持する努力を怠らないこと
だろう。

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