2011年3月24日更新
ラグビー全国高校選手権大会での優勝を皮切りに、大学、社会人とラグビー界での全国制覇記録を塗り替え続けてきた平尾誠二さん。プレイヤーとしてだけでなく、キャプテン、チームリーダー、監督としても極めて高い評価を受けてきた。その平尾さんが、リーダーとしてどのようなことに注力し、周囲との関係性について考えてきたのか。ノウハウ、スキル、マインドから、ビジネスパーソンが学び、実践できることを探る。
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- 同志社大学で
自主的な練習に励む - 自主性を重んじる岡監督の方針の下、自らリーダーとしてチームを率いる。在学中に史上初の大学選手権3連覇を達成。
高校時代に経験した「理不尽」との戦い
人生は理不尽なことばかりです。僕は中学校で初めてラグビーボールを持ってその魅力にとりつかれてから、30年以上、ラグビーを続けてきましたが、常に理不尽な状況にさらされてきました。
ラグビー強豪校の伏見工業高校時代は、かの有名な山口良治先生にかなり鍛えられました。「ミス」と「罰」がセットになっているという、昔ながらの体育会系システム。合理性よりも忍耐力に重きを置いた理不尽な練習が多かったですね。
でも、今考えると、もちろん全国制覇したいという強い思いもありましたが、それ以上に山口先生には理不尽さを越えさせる何かがあったんですね。どんなきつい練習でも皆先生に付いていった。山口先生からは、全責任を負って真剣勝負をしている、という覚悟が伝わってきたからなんだと思います。
これは最近求められているリーダーシップのひとつなんじゃないでしょうか。まったく理路整然としていないのに、この人に付いていきたいと思わせる何かがある。そして、実際に高校時代には、全国大会で優勝するという経験をすることもできました。
高校のときに、こうした経験ができて良かったと思いますね。だって、世の中、理不尽なことだらけじゃないですか。いろんな人の願望や欲望があって、正しいと思っていることが通らないことが多いけれど、それに打ち勝ったとき、その先に何かがあるということを実感することができるんです。
- 20
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自分から相手の元へ、半歩階段を降りる
大学は同志社大学に入学したのですが、先生の言っていたことをやっていれば良かった高校時代とは180度違った世界となりました。自分たちで練習を組み立てていくんですよ。そんななかで、私はチームを引っ張っていく役割を担うこととなったのですが、非常に勉強することの多い時間でした。
僕は自分の中で明確な尺度があって「ダメなヤツはダメ」とはっきり言って切ってしまうタイプだったんです。そんなタイプだったから、メンバーの所に僕が行くと急に話題が変わったり、騒いで飲んでいるときに僕が入ると、急にシーンとなったり、そんな孤独なポジションになってしまったんですよ。
それは僕のスタイルだからと思いつつも、さらにチームを強くするために、自己変革の必要性を感じるようになりました。たとえば、高飛車にモノを言わない。厳しいことばかりじゃなく、少しずつ会話に入ってアホな冗談も言ってみる。苦手だと思うヤツでも近づいて彼の心を知ってみようとするとかね。そうすると、向こうもいろんな話をしてくるようになるし、なるほどと思う情報も入ってくるようになりました。そうやって、少しでもその人に入り込んで、モノの見方や考え方を変えていく。そのためには、たとえ自分の方が正しいと思ったり、立場が上であったりしても、自分から相手のところまで「降りて」あげなくちゃならないんですよ。
メンバーや部下から煙たがられる厳しいリーダーってけっこういるはずです。でも、そういう人に限ってプレイヤーとしては優秀なので、どうしても「ついてこい」みたいに仕切ってしまって、半歩階段を降りることができない。自分で変えるのは大変ですよ。階段を降りるというのは、理不尽なことでもありますからね。僕だって、なかなか自分のスタイルを崩せなくて、できるようになったのは30歳頃からでしたかね。だけど、それを実行することによって、結果的に自分がやろうとしている目標に近づけるわけですから、やったほうが絶対に得なんです。













