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階段を一歩上るとき アルピニスト 野口健 自分の名前が肩書きになる生き方のほうが面白い

  • 階段を一歩上るとき|27歳 日本の社会を変えたいと富士山の清掃登山を開始
    日本の社会を変えたいと
    富士山の清掃登山を開始
    エベレストから富士山へ。全国各地での講演を始め、学校でも子どもたちにゴミだらけの富士山の映像を見せ、環境教育の先駆者となる。その後、富士山の清掃に大勢を巻き込んでいった。

    山のゴミ問題は社会の縮図だと気づく

    七大陸最高峰を最年少で制覇できたものの、僕は「まだやれることがある」と思っていました。清掃登山は、エベレストに散乱する日本人登山隊が捨てていったゴミを目の当たりにして、「日本人のマナーは三流」と揶揄する欧米の人たちに「こんちくしょう! 見返してやろう。ゴミを拾えばいいんだ」という単純な理由で始めたんです。僕個人に対するバッシングならかまわないんですけど、日本人全体のバッシングとなると、熱くなって引くに引けなくなっちゃう。日本が国際社会で低く見られていることが我慢ならなかったんですよね。

    ところが、頂上を目指す目線ではなく、足下を見ながら山を登ってみると、いろんなことがわかってきたんです。例えば、ドイツ、ノルウェー、デンマークの登山隊はゴミをちゃんと持ち帰るとかね。そういう登山隊の国は国内でも環境に対する意識が高いけど、日本のようにゴミを捨てていく登山隊の国は、国内の環境への意識も低い。つまり、エベレストのゴミに社会の縮図があったんですよ。それで、テーマは日本の中にあると思い、2001年には富士山での清掃活動を始めたんです。

    富士山をきれいにするんだから、みんなに受け入れてもらえると思っていたら、とんでもない。いろんなところから反発されたんです。環境問題は自然相手じゃなく、人間社会が相手なんですよ。環境保全の流れになって公共工事ができなくなると懸念されたりね。いろんな団体や利権がからむので、複雑で面倒。でも、日本の社会をよくしたくてやってるから、へこたれるわけにはいかない。僕だって好きで臭くて汚いゴミを拾ってるんじゃありません。

    27
  • 「やりたいこと」の延長線上に「やるべきこと」が見えてくる

    ただ、社会を変えるには、掃除をやるだけじゃなく役所を動かさなくてはと、現場の写真を撮って、資料も作って、何十回と環境省に足を運びました。一生懸命伝え続け、やっと「じゃあ、一度現場に行こうか」となる。現場にさえ呼べば、こっちのもの。役所の人だってガラッと意識が変わるんですよ。そんなふうにしながらコツコツと続けて、最初は100人くらいだった活動が、2009年には6800人が参加しました。人数規制するほど大勢を巻き込むようになったんです。

    そうやって、たくさんの人を巻き込みながら、少しずつでも変化していく過程が楽しいんですよ。もちろん、イヤになって投げ出したくなるときだってあるんです。でも、現場に行って問題を目の当たりにすると、「こんちくしょう!」って、再びやる気が出るんです。だから僕は常に現場に行かないとだめなんです。

    20代の頃って、とにかく「知りたい、見たい、やってみたい」って欲求が先に立つけど、まずはそれを実践してみればいいんですよ。30代になると、その延長線上に「やらなきゃならないこと」がだんだんと見えてきて、「やりたいこと」より「やるべきこと」の比重が重くなってくる。でも、その社会的な責任を背負うことだって、楽しめる自分になってくると思うんです。僕自身は、そんなふうに自分の中から湧き上がってくる欲求や社会的責任に素直に従って生きてきたことが、他の誰でもない「野口健」という肩書きを形作ってきたのではないかと感じています。若い人はすぐに結果を求めて、「コツコツと続ける」という地味な行動にウエイトを置かないけど、結果的には、その積み重ねが大きなアクションにつながっていくんですからね。何事もすぐに結果は出ません。過程を楽しめるようにならないと大きな仕事を成し遂げることはできないと思いますね。

「野口健」の階段と足跡

  • 15歳
    停学処分中、植村直己氏の本に出合い、山に登ることを決意
  • 18歳
    大学に一芸入試で合格、学長に「七大陸最高峰登頂」を誓う
  • 25歳
    2度のエベレスト登頂失敗を経て、七大陸最高峰登頂最年少記録を樹立
  • 27歳
    日本人登山隊が捨てたゴミを拾うべく、エベレストの清掃登山を開始
  • 36歳
    フィリピンなどで旧日本軍戦没者の遺骨調査、収集活動を開始
野口健

野口健Ken Noguchi

1973年8月21日生まれ。アメリカ・ボストンにて、日本人外交官の父とエジプト人の母の間に生まれる。99年に七大陸最高峰世界最年少登頂記録を達成。エベレストや富士山のゴミ問題に心を痛め、清掃登山に尽力する。シェルパ(ネパールのエベレスト登山隊をサポートする現地民族)のための基金設立、ヒマラヤに学校をつくる基金ほか、最近ではフィリピンで旧日本軍戦没者の遺骨調査、収集活動も行っている。亜細亜大学国際関係学部卒業。了徳寺大学客員教授。
http://www.noguchi-ken.com/

取材後記
取材日、野口さんはビジネススーツ姿でさっそうと現れ、TV で観るアルピニスト・環境活動家としてのイメージとは違っていた。山を下りれば、スポンサー企業や支援団体、環境省などを営業訪問する「ビジネスパーソン」なのだ。▼かつて野口さんは、自分のやりたいことばかりアピールしてなかなか賛同してもらえず、その後、企業側のメリットを考え、山での体験を通して提案できる商品アイデアなどをプレゼンするようになってから、次々とスポンサーを獲得できるようになったという。▼小柄な野口さんだが、インタビューが始まるとエネルギッシュな語り口で我々を自身の世界に巻き込んでいった。巧みなストーリーテラーであり、相手を動かす優れたプレゼンテーターでもある。突出した行動力だけでなく、「巻き込み力」もまた、彼を成功に導いた資質なのだと感じた。

特別インタビュー 階段を一歩上るとき

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