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コラム転職徒然草 - 転職する理由編

26歳、取締役専務 (2012年2月7日)

財務職Fさん(26歳)の職務経歴書には、不似合いな文字が書かれてあった。

『アパレル事業A社・取締役専務』

いや、不似合いというのは、失礼だろうか。20代の起業家は多くはないが、決して希有なわけではないし、Fさんは有名国立大学卒で素養の高さも十分、起業するだけのポテンシャルを持つ人物だった。

ただ、Fさんが取締役をしていたのは、自分で起業した会社ではなかった。A社は創業から20年、中小企業ではあるが、従業員数は200名を越え、アパレル業界のなかでは高い利益を維持している優良企業だ。

20年前にベンチャーとしてA社を設立した現CEO、そのひとり娘とFさんは恋に落ち婚約した。そして、父親からも信頼を得てA社に転職、その後専務という重役を任されていたのだ。
なかでの仕事ぶりを聞いてみると、お飾りの専務とは到底言えない、非常に実際的で、シビアな業務が含まれていた。仕事の面でも、A社CEOがFさんを高く評価していたことがしのばれた。

だが、そのA社から、Fさんは離れようとしていた。
「結婚が破談になりまして…」
その瞬間にFさんの表情は一変した。
「これ以上のことは、相手もあることなので控えさせてください…」
彼の目を見て、我々は、この件が彼にとって絶対触れてはならない事柄なのだとさとった。

転職活動は順調に進んでいったが、応募先の企業では、例外なく彼の特殊な経歴が話題になった。
「この取締役というのは?」
「実は…」
説明すれば、すべての企業が納得してくれる。取締役として携わった仕事も素晴らしかったので、このキャリアが問題視されることはなかった。

だが、我々は、あるとき面接した会社から問い合わせを受けた。
「彼がA社を辞めるに至った経緯、つまり、フィアンセと別れることになったいきさつ、聞いていらっしゃいますか?」
「いいえ。プライベートなことですから」
「まあ、そうですよね。失礼しました。無理に聞き出すつもりないのですが…。ただ、Fさん、面接でA社の話をなさった時、悲みというのか、怒りというのか…、大袈裟かもしれませんが、見たこともないような苦悶の表情を浮かべていらしたんですよね。こちらがドキっとするような。26歳の若者がするような顔じゃないって思いましてね」
「そうですか…」
我々は、面談のときの、何者をも寄せ付けようとしないあの目を思い出していた。

会社選びが煮詰まっていくなか、Fさんは我々に言った。
「安定した会社がいいなと思うようになりました。転職して、数年ですぐまた転職というのは望みませんから」
転職エージェントをしていて、驚くことのひとつに若者の安定志向がある。もちろん、安定志向は悪いことではない。落ち着いた環境で、大手企業で働きたいと望むのは当然のことではあるのだが、ただ、その逆、ベンチャー志向の人が少なすぎると思えることがある。本来、冒険を好むはずの若者、失敗しても取り返しのつく20代なのに…。

だが、Fさんが安定した会社を望んだのは、他の多く安定志向の若者達とは少し違うところにあった。
「こんなことを言うと軟弱と思われそうですが」
そこで、Fさんは少し間をとった。
「面接では必ず、A社での経験を聞かれます。転職理由も。当然のことと思います。でも、私はそれに答えるのが、ときどきとてもつらくなるんです」
「Fさん…」
「すみません。細かいことを話すつもりはありませんが、分かってもらいたくて…」
「分かります。いえ、本当は分かっていないのかもしれませんが…。これから長く勤められる会社、一緒に探しましょう」

つい、考えてしまう。人柄がよく優秀なFさん、遠い月日を経たあとのことだろうが、彼が再び役員に選ばれる日が来てもおかしくない。彼はその日を笑顔で迎えられるであろうか?いや、是非そうあって欲しい。

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