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コラム転職徒然草 - 採用する側の論理編

タバコの煙が目にしみる (2004年1月6日)

大手メーカーで財務課長を務めるSさんの転職動機は、シンプルだった。

「全社禁煙の会社を何が何でも望みます。少なくとも、オフィスや会議室は禁煙じゃないと困るんです」

愛煙家にとっては「これが転職理由になるのか?」と首をひねりたくような動機だが、嫌煙家にとってタバコの紫煙が鼻腔を汚す事態は許されざることである。特にSさんには喘息の気があるようで、この転職活動は自らの生命をかけた重要事だったのだ。実際、転職理由に「禁煙」「分煙」を挙げる人は、珍しい存在ではなくなってきている。

とはいっても、我々が保有する求人案件が禁煙なのか分煙なのか、常に把握できているわけではない。仕事内容や待遇でSさんの希望企業を見繕った後、我々の方から個別に「ところで、御社のオフィスって禁煙でしたっけ?」と確認することで、Sさんの応募企業を絞り込んでいった。そして、その中にベンチャー系メーカーのA社があった。

このA社、独自の製品がとある市場を占有しており、数年前に店頭公開を果たしている。しかし管理部門がまだまだ手薄なために、銀行折衝やら株主対策やらがうまくいっていない。大手メーカーの財務部で幅広く実務に携わっていたSさんは、まさにうってつけの人材だった。

「いやぁ、Sさんのような人に来てもらえれば、私共も安心できます。経理部長格でどうか、と思っているんですけどねぇ...」

A社の専務は、すがるような目で我々に訴えた。

「でも専務、Sさんは禁煙っていうのが転職理由ですよ。見たところ、御社のオフィスは禁煙のようですが会議室には灰皿がありますけど」

ヘビースモーカーの専務は、あわてて紫煙をくゆらせるタバコを灰皿に押し付けると、反論した。

「大丈夫。確かに会議室は禁煙じゃないですが、Sさんが入るのであれば会議中は一切禁煙ってことにします。そうだな、ついでといってはなんですが、私自身も禁煙しますよ。私、意志は固い方なんです。約束したことは、守りますから...」

専務は、そう言って胸を張った。我々はやや疑心暗鬼になりながらも、A社の熱意をそのままSさんに伝えることにした。

「そうですか。それはありがたい申し出です。A社の仕事自体、私にとっては魅力的な内容ですし、年収もアップしそうです。専務さんのおっしゃることが事実なら、A社に決めたいと思います」

SさんとA社のお見合いは、最終的な条件の詰めを残してほぼ成立したかに見えた。

それから数日後の条件交渉のときのことである。Sさんは、いかにタバコが苦手で耐えられないものなのか、をヘビースモーカーの専務に嫌味にならない程度にアピールした。専務は専務で、我々に対するのと同様に自らの「強靭な意志」を主張し、A社の全社禁煙を約束した。そして、Sさんが最終的に入社を承諾するのを目にすると、ほっとしたのだろう、Sさんの前でタバコに火をつけたのである。

最終的にSさんはA社に入社したが、当初の予定より1ヶ月ほども遅れてしまった。もちろん、A社の全社禁煙が成されているのかを確認するためである。

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