生まれ変わるならこんな風に生まれたい、Tさん(27歳)は思わずそう思ってしまうような男性だった。
裕福な家庭に生まれ、幼少期を海外で過ごしているので英語はペラペラ。スポーツ万能で中学時代は陸上県大会の常連。モデルのような容姿で、中学高校時代はバレンタインなど関係なしにラブレターやプレゼントが届くモテぶり。
音楽の才能にも恵まれ音大への進学も真剣に検討したが、悩んだすえ一般の受験にまわり超難関大学の法学部に合格。しかも、本人はそうした経歴を少しも鼻にかけない好人物なのだ。
まったく天は二物も三物も与えたものだと呆れてしまうが、ことキャリアに限って、Tさんは我々の助けを必要としていた。
音大を選ばなかったTさんだが、法学部に進学したあとも未練断ちがたく、1年休学して海外修行をし、個人レッスンを受けるなど、音楽家としての道を真剣に考えていた。
就職当時はバブル以来の売り手市場と言われ始めた時期。大手商社、有名金融コンサルなどから内定をもらうも、結局それらをことわり、Tさんは再び海外にいる師匠のもとでプロの道をさぐることにした。
2年間音楽漬けの生活を送り、数々のオーディションに参加もしたが、こうした世界で生きていくことが出来るのは、特別な才能をもった限られた人だけ。
「ある日、アルゼンチンから来たという16歳の子の演奏を聴いたんですが、ハッキリ向こうが上なんです。それを見て諦めました」
こうしてTさんは失意のうちに日本に戻ってくることになった。彼が25歳の時のことだ。
Tさんは帰国後、未経験にして外資系投資会社A社への就職を決めた。エージェントをしていた我々も驚くほどのスピード決定、彼の資質の高さ・語学能力・コミュニケーション能力のなせるワザとしか言い様がないものだった。
夢破れたとはいえ、なんとも華麗な経歴。しかしTさんの不運は、ここ直後にはじまった。
A社研修中に金融危機が起き、研修が終わるとすぐに自宅待機、そして解雇の憂き目にあったのだ。
すぐに友人の紹介で入社したネットベンチャー企業に再就職するが、社長が一目惚れ(?)でTさんを採用してしまったため、現場に仕事はなく3ヶ月で退職。交通事故に遭って2ヶ月のブランクを作った後、ようやく就職した次の外資系企業も本社の経営不振で日本撤退…。
普通に就職していれば経験4~5年、いよいよバリバリ働き始めようかという頃だったはず。だが、現実のTさんは経験社数が3社もあるのに、ビジネススキルは研修を終えた新入社員に毛の生えた程度のものという悲惨な状態だった。
そして、さらに大きな問題は、Tさんは基礎能力が人並み外れて高いため、中途半端な仕事では役不足になってしまうことだった。
「地味な仕事でかまいません」
飾るところのないTさんは我々にそう言うのだが、経歴を聞くと採る方が躊躇してしまう。特にすぐに解雇になったとはいえ、A社のネームバリューは大きく「あのA社が採用した人でしょ。住む世界が違いますよ」と二の足をふむ企業も多い。
こうしてTさんは現在も無職。
「なんとか早く社会人としてのスタートを切りたい」
彼の訴えは切実なものになってきている。資質に見合うキャリアが身についていないのも、なかなか辛いもの…。いや、それでもやはりTさんのような人生が羨ましいと思う人もいるのであろうか。なかなか難しいものである。
コラム転職徒然草 - 転職ノウハウ編
資質とキャリアのアンバランス (2010年1月19日)







